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2009.02.12 (Thu)

「ブラウン管の向こうで」

こんごま

More・・・

***


 憧れのモーニング娘。は、ブラウン管を隔てた向こう側にいた。テレビという箱の中で歌い踊り、笑い泣き、私たちを楽しませていたモーニング娘。は、親近感が湧くようでいて、やはり現実味のない存在だった。
 そのことを痛感したのは、思いがけず私が「向こう側」の人になってしまった瞬間。5期オーディションに受かって先輩たちと対面した時の感情は、喜びだとか驚きだとか、単純な言葉では表すことができない。あの箱の中にいた人たちが、今、私の目の前にいる。現実に存在している。この人たち、「生きた」人間だったんだ。
 私は混乱し、ただ突っ立っていることしかできなかった。先輩たちは優しく話しかけてくれたりしたけれど、どうにもこうにも、自分が彼女たちと同じ側に立っていることが信じられなかった。私のようなどこまでも普通の人間が、モーニング娘。と名乗っていいものか。私は彼女たちと同じ、ブラウン管の向こう側の存在になれたのだろうか。

 さらさらと風になびく栗色の長い髪。均整の取れたしなやかな体。大人っぽい表情をするようでいて、眼差しだけは少女のままだった、あの人。同じモーニング娘。と名乗っていても、私と彼女はそもそも立っているフィールドが違った。後藤真希は私の憧れだった。
 私と彼女の間にブラウン管という隔たりがあった頃から、私は後藤真希に憧れていた。私がモーニング娘。になって、隔たりがなくなると、その「憧れ」は違う意味を持ち始める。彼女と少しでも会話をすれば胸は高鳴り、「紺野」と名前を呼ばれるたびに、顔が熱くなり。その感情を何と呼ぶのか、鈍感な私でも知っていた。
 赤の他人、第三者として彼女を「後藤真希」「ゴマキ」と呼んでいた頃とは違う。「後藤さん」と二人称で呼びかけることができるようになったその時、私の憧れは恋に変わった。

 初めてのミュージカルの稽古中だっただろうか。ふとしたきっかけで、後藤さんと仲良くなった。きっかけが何だったのかは思い出せないけど、私が喋れる話題なんて食べ物のことしかないから、多分おいしいものの話題だったのだと思う。
 後藤さんと話すだけで緊張していた私は、おそらく混乱して妙なことでも口走ったのだろう。私の言葉がツボに入ったのか、後藤さんは珍しく声を上げて爆笑していた。
「あっはっは、紺野は面白いねぇ」
 それ以来、後藤さんは何かと私をいじって遊ぶようになった。私は後藤さんに何か言われるたびに、緊張して生真面目に返答していたのだが、私が真面目であればあるほど後藤さんは面白がっているようだった。後藤さんに笑われれば笑われるほど、私は幸せだった。

 ある日の番組収録の楽屋。ソロ曲も出したばかりで私たちより数倍忙しい後藤さんは、楽屋で1人、居眠りをしていた。いくらスーパーアイドルでも中身は16歳の女の子。きつきつのスケジュールに疲れていたのだろう。
 後藤さんは自分の腕を枕にして、テーブルに突っ伏している。幼い寝顔も、小さな寝息も、顔にかかる滑らかな髪も、すべてが愛しく思えた。楽屋には他に誰もいない。心臓が爆発しそう。私は少し屈んで、後藤さんの唇にそっとキスをした。
 後藤さんは気づいていなかった。寝息さえ乱れない。私は逃げるようにして楽屋をあとにした。

 私たち5期が加入してからたった1年で、後藤さんはモーニング娘。を卒業した。
 後藤さんと過ごしたわずかな期間は、今でも私の中では夢のような出来事のままだ。もちろん、あの時のことも。マシュマロみたいな感触を思い出すたび、胸が熱くなる。もしかしたら本当に夢だったのかもしれない。

 久しぶりにテレビで後藤さんを見た。私は不思議な感覚に捕われる。まだ私が完全な一般人だった頃の感覚に似ている。ブラウン管越しに見る彼女は、「後藤さん」ではなく「後藤真希」だった。
 もう私と後藤真希の間には何の接点もない。私と彼女は赤の他人だ。
赤の他人として、第三者としてブラウン管の向こう側の後藤真希を見た時。後藤真希に対する私の感情は、やはり今でも「憧れ」だった。夢のようなあの頃を思い出して、少し泣いた。
18:34  |  小説
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