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2009.05.26 (Tue)

「背中」

くまなき

More・・・

***



 熊井ちゃんは、今日も私より少し前を歩いている。女の子なのに180cmはありそうな長身で凄く目立つから、こんな登校中の生徒たちの群れが行き交う中でも、私はすぐ熊井ちゃんを見つけられる。熊井ちゃんは長い手足を持て余しながら、ルックスに似合わず幼い足取りでとことこと歩く。そして私は毎日、あの華奢な背中を見ながら通学路を歩く。
 ちらりと見える熊井ちゃんの横顔は、いつも通りぶすっとした表情だ。あの目で睨まれたらと想像するだけで震え上がる。でも、不機嫌そうに見えるけど、熊井ちゃんはただ眠いだけなんだよね。時々あくびをして目をこすっているのが、後ろ姿からでも分かる。
 いつもの交差点で、熊井ちゃんが立ち止まった。だから私も立ち止まり、少し離れた場所から熊井ちゃんを観察する。そう、私は決して熊井ちゃんを追い越してはいけない。こうして誰にも気づかれずに、熊井ちゃんの後ろ姿を見守るのだ。
「熊井ちゃーん」
「あっ、茉麻おはよー」
 熊井ちゃんは、いつもこの交差点で友達と待ち合わせをしている。小学校の頃から仲が良いという、1つ年上の須藤茉麻さん。須藤先輩も背が高いけど、それでも熊井ちゃんより頭半分くらい低い。でも須藤さんはプロレスラーみたいな体格をしているので、ひょろひょろの熊井ちゃんなんか1発でKOしちゃいそうだ。

「じゃあまた昼休みにねー」
「ばいばーい」
 学校に着くと、熊井ちゃんは1年1組の教室の前で須藤先輩と別れた。2年生の教室は2階なので、須藤さんはそのまま階段を上っていく。
(熊井ちゃん、またね)
 私も心の中で挨拶する。熊井ちゃんが1組の教室に入ったのを見届けて、私も3組の教室に行こうとした・・・その時。

「おぉーい、無視すんなよ、熊井。この子がまたねって言ってるじゃん」
 私はぎょっとして振り向いた。熊井ちゃんと同じクラスの男子だ。どうやら私は、心の中で言ったつもりだった挨拶を声に出してしまっていたらしい。この男子はそれを見て、熊井ちゃんが私を無視していると思ってしまったのだろう。
「え・・・?」
 熊井ちゃんは怪訝そうに私を見て、首を傾げた。どうしよう、熊井ちゃんが困ってる。だって熊井ちゃんは私のことなんか知らない。
「いや、ちが・・・違くないけど、えーと、わたし」
 私はしどろもどろになりながら、必死に言い訳を探した。さっきの男子はもう我関せずで教室の中で遊んでいる。入り口のドアの所で、私と熊井ちゃんは2人っきりで気まずい沈黙。

「・・・あはっ」
 熊井ちゃんが笑った。私は驚いて熊井ちゃんの顔を見上げる。凄く高い所に顔があった。近くで見るとやっぱり大きいなぁ。
「知ってるよ、3組の中島さんだよね」
「へっ!? あ・・・はい!」
 私はびっくりして飛び上がった。熊井ちゃんが私の名前を知ってるなんて。
「なんかごめんね、無視したみたいになっちゃって。私、ぼーっとしてたから聞こえなかったみたいで」
 違うの、熊井ちゃん、私が聞こえないように言ったからなの。熊井ちゃんは悪くないんだ。気を遣わせちゃってこっちこそごめん。っていうか喋ったこともないのに挨拶なんて変だよね。ごめんね、熊井ちゃん。
 ・・・そう言いたかったのに、緊張した私は「あー」とか「うー」とか「えーと」ばっかりで。そんな私を、熊井ちゃんは不思議そうな顔で見ていた。

「ねぇ、中島さん」
「えっ? は、はいっ!」
「なかさきちゃんって呼んでいい?」
「え・・・」
「3組の子たちがそう呼んでるの聞いたことあるんだ」
「・・・・・」
「・・・あ、ごめん、馴れ馴れしかったよね、やっぱいいや、ごめん忘れて」
「・・・熊井ちゃんっ!」
「へ?」
「私も、熊井ちゃんって呼んでいいかな」

 私は熊井ちゃんを見上げた。初めて真正面から顔を見た。そう、私が今まで大事にしていたのは、背中ばかり見ていた日々。だけど世界は動き出す。
21:50  |  小説
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